日々是口実

なんか書く

なんか好きなものについて語りたい(1):Christopher Tin氏

 なんか語りたい、書きたいという情念に突き動かされたので、無軌道につらつらと書き連ねる。とっかかりやすいので、好きなものについて少し。お暇があればこの児戯に付き合ってたも。

 「現代はクソ」と常日頃主張し、20世紀以降の文化に敵意を向けている僕だが、唯一敬愛してやまないのが、作曲家のChristopher Tin氏(1976~)だ。残念ながらあまりメジャーな人ではないので、軽く紹介すると、氏は中国系アメリカ人で、主に管弦楽曲を作曲している。氏の代表作は、かの廃人ゲーム、電子ドラッグと悪名高いCivilization IVのメインテーマBaba Yetuで、ゲーム音楽として初めてグラミー賞を獲得したエポックメイキング的な作品だ。まあ聞くのが手っ取り早いので、ここまで付き合ってくれたんだし聞いていってたも。

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  さて、どうして彼の作品が素晴らしいか、語りませう。まあ、なんか聞いたことのない言葉で歌っているなという感じであろうが、この曲はスワヒリ語で歌われている。スワヒリ語というと、ハクナマタタとかポレポレとかマジマジみたいな言葉しか日本では触れる機会がないし、そもそもどこで話されているかすら微妙な感じだ。ご案内の方も多いと思うが、スワヒリ語は東アフリカ、タンザニアだのケニアあたりの言葉で、話者人口は7,000万人ほど、東アフリカではリンガ・フランカ的な位置づけにある。

  それで歌詞の内容は主の祈り、「天にましますわれらが父よ......」といえばお判りいただけると思う。しかし、キリスト教的な雰囲気は感じさせず、宗教的なものも感じない。なんというか素朴で原始的な喜びを感じさせる曲になっている。

 先ほどの通り、スワヒリ語はバントゥー諸語に属する東アフリカの言葉だ。しかし、この言語はただの東アフリカの言語ではなく、アラブの商人たちと東アフリカ現地人が交流する中で形成されたクレオール言語である。要するにアラビア語とバントゥー語の間の子なわけだ。そして、歌詞はキリスト教で、その作曲者は中国系アメリカ人、多様化が叫ばれるこの時代にこれほど合致した曲があろうか、いやない。

 それと、この公演で歌っているのはロサンゼルスで活動しているAngel City Choraleというコーラスグループで、これがまた、氏と素晴らしいタッグを組んでいる。一目見てわかるようにこのグループは性別、年齢、人種の統一感が一切無い。このAngel City Choraleは今年のAmerica's Got Talent*1でBabaYetuを歌い、Golden buzzer*2を獲得したのだが、そのパフォーマンスの前に、指揮者のSue Fink自身もグループが多様性を体現していること、外見のみの違いにとどまらず、宗教、性的指向、貧富、政治的スタンスについても多様な集団であること述べている。皆まで言うなといったところだ。

 さて、氏はこれまで2枚のアルバム、昼、夜そして夜明けへの一連の流れを、12の異なる言語の曲で表現したCalling All Dawnsと、一滴から始まり大海へと注ぐ水を10の異なる言語で表現したThe Drop That Contained the Seaを発表している。ちなみにBabaYetuはCalling All Dawnsに収録されている一番初めの曲で、その次の曲はMado kara Mieruという正岡子規からインスピレーションを受けた日本語の曲だ。Liaとか多田葵が歌っているのだが、どうしてかその界隈に広まらない。氏が自身のYouTubeチャンネルで公開しているので気になったらぜひ聞いて欲しい。

 

Calling All Dawns

Calling All Dawns

 

 

 

The Drop That Contained the Sea

The Drop That Contained the Sea

 

 

 そして現在、氏は3rdアルバムを作成中だ。題名はShiver the Sky、Civilization VIのメインテーマとなったSogno di Volareを中心として、空を題材に人間精神を表現するそうだ。Sogno di Volareはレオナルド・ダ・ヴィンチの手稿をもとにしていて、その中心となる『パリ手稿』の一節は歌詞ともなっているし、ゲーム内では航空技術の技術格言ともなっている。

「一度でも空を飛んだ者は、いつも空を見上げて地上を歩くことになる。なぜなら、そこに自分はいたことがあり、そこに戻りたいと願わずにはいられないからだ。」 - レオナルド・ダ・ヴィンチ

  実は一度この引用機能を使ってみたかったので強引にねじ込んだ。それはさておき、ダ・ヴィンチの他にもジュール・ヴェルヌなども氏の口の端に上っており、今から楽しみでならない。

ここまで付き合ってくれたのだし、是非Sogno di Volareも聞いて欲しい。最後になるがSogno di Volareについてはある人が"Anthem of Humanity"と言っていた。この表現に心から賛同したい。氏の作る音楽は多分に人間賛歌的な側面がある。僕は氏の作品のそういうところが好きなのだ。国家、人種、性別といったまやかしの区分を取り去ると、人間のみがそこには残るのではないだろうか。

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*1:スーザン・ボイルが発掘されたオーディション番組のアメリカ版

*2:よくわからんけどすごいらしい